現在は猫用のドライフードやウェットフードが店頭に並びますが、キャットフードがなかった時代の猫は何を食べていたのでしょうか。昔の飼い猫には、現代のように一日分の栄養を計算した専用食が用意されていたわけではありません。家庭の残り物を分けてもらいながら、自分でネズミや小動物を捕らえる猫も多くいました。
ただし、「昔の猫は残り物で暮らしていたから、今も同じで大丈夫」とは限りません。食べ物が十分でなかった猫、栄養の偏りや感染症で短命だった猫もいたはずですが、その生活は詳しく記録されていないことが多いからです。現在は猫に必要な栄養が明らかになり、年齢と健康状態に合う猫用総合栄養食を基本にする方が、安全かつ再現性の高い食事管理です。
知りたいペット・動物情報を探す
食事・健康・しつけ・品種・暮らしなど、テーマ別に情報をまとめています。
ペット・動物ガイドから探す →
- 猫と人が暮らし始めた頃の食べ物
- 日本の飼い猫が食べてきた物の変化
- キャットフードが普及した時期と背景
- 昔の「ねこまんま」を現代に再現しない理由
猫と人の関係は狩りから
猫の家畜化は、人が積極的に餌を与えて訓練したことだけで始まったのではなく、農耕集落の環境を猫が利用したことと深く関わると考えられています。
穀物がネズミを集めた
人が定住して穀物を貯蔵するようになると、その貯蔵庫やごみの周辺にネズミが集まりました。ネズミは野生の猫にとって捕らえやすい獲物です。人に比較的寛容な猫が集落の近くで狩りをし、人も害獣を減らす猫を受け入れたことが、共生の出発点になったという説が有力です。
2007年に発表されたイエネコの起源に関する遺伝学的研究でも、猫は初期農耕民の穀物庫に集まるネズミを食べる共生動物として、人との関係を始めた可能性が示されています。
この段階の猫は、人から決まった献立を与えられる「完全な飼い猫」というより、人の生活圏を利用しながら自分で獲物を確保する動物だったと考えられます。
主食は小さな獲物
野生に近い猫が捕る獲物には、ネズミなどの小型哺乳類、鳥、爬虫類、昆虫などが含まれます。猫は獲物の筋肉だけでなく、内臓、骨、皮、体液まで食べることで、タンパク質、脂肪、タウリン、カルシウム、ビタミン、水分などをまとめて摂っていました。
「野生の猫は肉だけ」という表現は、精肉店で売られる赤身肉だけを食べるという意味ではありません。一匹の獲物全体に近い食べ方と、家庭で鶏ささみだけを与える食事は栄養的に別物です。
狩りが常に成功するわけでもありません。季節、地域、猫の年齢や体力で、食べられる物と量は大きく変わりました。寄生虫、細菌、けが、毒物のリスクもあります。
人の残り物も利用した
集落の猫は、ネズミだけでなく、人が捨てた食べ物や調理くずも利用したと考えられます。中国の約5300年前の農耕集落で見つかった猫の骨を分析した考古学的研究では、猫が穀物を食べたネズミを捕っていたことに加え、一部の猫が人の残り物をあさるか、人から食べ物を与えられていた可能性が示されています。
つまり、昔の猫の食生活は「狩り」か「人の餌」かの二択ではなく、利用できる食べ物を組み合わせる柔軟なものでした。

日本の猫と食生活
日本の猫がいつ、どの経路で来たかには未解明の点があります。時代が下るにつれ、害獣を捕る動物、貴族の愛玩動物、町や農家で暮らす身近な猫など、役割と食べ物も多様になりました。
日本への渡来は諸説ある
かつては、奈良から平安時代に仏教経典をネズミから守るため大陸から猫が連れてこられた、という説明が広く知られていました。近年は、弥生時代の遺跡からイエネコとみられる骨が見つかるなど、それより早い時期にいた可能性も検討されています。
京都文化博物館の猫展に関する解説は、少なくとも弥生時代中期から猫が日本にいたとみられ、奈良・平安時代には上流階級で珍しい愛玩動物となったことを紹介しています。
一方、飼育を記した古い文献としては、平安時代の宇多天皇の日記に唐猫を愛玩した記述があります。文献に残るのは特別な猫や上流階級の生活が中心で、庶民や農家の猫が日々何を食べたかを網羅する記録ではありません。
貴族の猫と働く猫
貴族の邸宅で愛玩された猫は、人から食べ物を与えられていたと考えられますが、具体的な献立や栄養量が常に分かるわけではありません。人の食膳から魚や肉の一部、米などを分けられた可能性はあります。
町家、寺社、倉、農家、養蚕農家などでは、猫はネズミを捕る役割も担いました。穀物、経典、繭などをかじるネズミを抑える猫は、人の生活と生産を守る存在です。そのような猫は、家庭から食事をもらいながら、屋内外で獲物を捕る半飼育の暮らしだったと考えられます。
猫の役割は家ごとに違い、完全に室内で飼われる現代の家庭猫とは生活範囲が異なります。港や魚市場の近くでは魚のあら、農村では小動物、町では台所の残り物など、入手できる物にも地域差があったでしょう。
江戸時代には身近な存在へ
江戸時代には猫が絵画、浮世絵、物語、玩具などに多く描かれ、都市生活でも身近な存在になっていきました。特に後期には猫人気がたびたび起きたことが、博物館資料からも分かります。
ただし、絵に魚と猫が描かれているからといって、すべての猫が毎日新鮮な魚を十分に食べていたとは限りません。美術表現、象徴、物語上の演出と、実際の日常食は分けて考える必要があります。
家庭では、人が食べた後の魚のあら、削り節、米飯、汁物の残りなどが猫へ回ることがあったとみられます。自らネズミや鳥、昆虫を捕る猫もいました。食事の内容は、家の豊かさ、地域、季節、猫の立場によって大きく異なったはずです。
「ねこまんま」は一種類ではない
現在「ねこまんま」と呼ばれる物には、地域や家庭によって、ご飯にかつお節をかける形、味噌汁をご飯へかける形などがあります。しかし、これは人の食文化の呼び名でもあり、歴史的にすべての猫が同じ物を食べていた証拠ではありません。
米や汁物は空腹を満たせても、猫に必要な動物性タンパク質、タウリン、ビタミン、ミネラルを完全な比率で供給できません。味噌汁、だし、漬物、干物には塩分が多く、玉ねぎや長ねぎ入りの汁は猫に有害です。
キャットフード以前の献立
専用食が普及する前の飼い猫は、家庭から与えられる食べ物と自力で得る獲物を組み合わせていました。よく挙げられる物には、それぞれ栄養上の長所と大きな限界があります。
魚と魚のあら
海や川に近い地域、魚を扱う家庭や市場では、猫が魚の切れ端や内臓を得る機会がありました。魚はタンパク質や脂肪を含みますが、種類や部位で栄養が異なり、魚だけで猫の食事全体が整うわけではありません。
生魚には寄生虫や細菌、魚種によってはビタミンB1に関わる問題があります。骨は口、喉、食道、消化管を傷つける可能性があります。干物や塩漬け魚は保存しやすい一方、猫には塩分が多すぎます。
「日本の猫は魚好き」というイメージは、猫が本来魚だけを必要とすることを意味しません。入手しやすい動物性食品として魚が分け与えられた食文化の影響も考えられます。
米飯や穀類
人の主食だった米や雑穀の残りが、猫の皿に入ることもありました。炭水化物はエネルギーになりますが、猫は肉食動物として、食事からタウリン、アラキドン酸、あらかじめ作られた形のビタミンAなどを得る必要があります。
米飯だけ、あるいは米飯の割合が大きい食事では、必要なタンパク質と微量栄養素を十分に摂れません。現在のキャットフードに穀物が使われる場合は、穀物だけを主食にしているのではなく、動物性原料や栄養素を組み合わせ、完成品として猫の要求を満たすよう設計されています。
人の残り汁やおかず
家庭の煮物、汁、削り節、肉の切れ端なども与えられました。食材が多様なら一見バランスがよさそうですが、人の料理は人の味覚と必要量に合わせた物です。塩、しょうゆ、味噌、油、香辛料が猫には多く、ネギ類などの有害食材も含まれます。
冷蔵設備が十分でない時代には、残り物の腐敗や細菌も問題でした。昔与えられていた事実は、安全性や栄養学的な適切さを証明しません。
ネズミや鳥などの獲物
獲物を丸ごと食べると、筋肉、内臓、骨、水分を一緒に摂れます。しかし、必要な量を毎日安定して捕れる保証はなく、獲物から寄生虫や感染症にかかる可能性があります。毒餌を食べたネズミによる二次中毒、交通事故、けんか、野生動物への影響もあります。
現代の家庭猫に「自然な栄養」を取らせるため外へ狩りに出す必要はありません。完全室内飼育と総合栄養食の方が、食事量、感染症、事故を管理しやすくなります。
| 昔の主な食べ物 | 得られる物 | 主な限界・危険 |
|---|---|---|
| 小型の獲物 | 動物性タンパク質、脂肪、水分など | 捕獲量が不安定、感染・中毒・事故 |
| 魚や魚のあら | タンパク質、脂肪 | 骨、塩分、寄生虫、栄養の偏り |
| 米飯・穀類 | エネルギー | 猫に必須の栄養を単独で満たせない |
| 人の残り物 | 食材に応じた栄養 | 塩分、脂肪、ネギ類、腐敗 |
| 内臓や肉の切れ端 | タンパク質、ビタミンなど | 部位偏重で過不足が生じる |

キャットフードの登場
猫専用フードの普及は、食品加工技術、流通、栄養学、飼育環境の変化と関係します。一度に全国へ広がったのではなく、製品の登場から家庭の定着まで時間がかかりました。
世界では犬用が先行した
商業的なペットフードは、まず犬向け製品から発達しました。猫用は犬用より遅く、缶詰工場の魚肉残さなどを利用した初期製品が知られています。
農林水産省が公開するペットフードに関する資料では、初期のキャットフードとして1950年代の缶詰製品が挙げられ、日本で工業的規模のペットフード製造が始まったのは1960年代と説明されています。
缶詰は水分を保ちながら保存でき、魚肉などを猫用製品として流通させられました。その後、保存と計量がしやすいドライタイプも発達します。
日本では1970年代に市場が成長
日本では1960年に国産初のドッグフードが開発され、1960年代にペットフード産業が形づくられました。キャットフード市場の成長が目立つのは1970年代です。
ペットフード協会の沿革によれば、1970年代にキャットフード市場も成長し、業界団体は1975年に「日本ドッグフード工業会」から「日本ペットフード工業会」へ名称を変更しました。猫を含むペット全般へ市場が広がったことを示す一つの節目です。
ただし、製品が販売された年と、一般家庭が完全に切り替えた年は同じではありません。価格、販売地域、飼い主の習慣、屋内外の飼育方法によって、残り物とキャットフードの併用期間も長かったと考えられます。
栄養学が製品を変えた
猫は小さな犬ではなく、犬とは異なる栄養要求を持ちます。タウリン、アルギニン、アラキドン酸、ビタミンAなど、猫特有の代謝に対応する必要があります。
商業フードの初期にも栄養上の課題はありました。研究によって不足と病気の関係が明らかになり、栄養基準、原料配合、製造工程、品質管理が改善されてきました。たとえば猫のタウリン不足と拡張型心筋症の関係が知られたことで、市販の猫用フードへ十分なタウリンを確保する重要性が定着しました。
「昔からキャットフードが完全だった」のではなく、猫の栄養学と製造技術が進み、より安定した食事へ発展してきたのです。

昔の食事が理想でない理由
昔の猫が残り物や狩りで生きていたことと、その食事が健康に最適だったことは別です。過去の暮らしを評価するときは、生き残った猫だけが目に入りやすい点にも注意が必要です。
記録に残らない猫が多い
歴史資料には、貴重な愛玩猫、有名人の猫、絵に描かれた猫などが残ります。一方、栄養不良、感染症、事故で幼くして死んだ猫の食事記録はほとんど残りません。
「近所の猫は残り物で長生きした」という個別の記憶も、その食事の栄養成分、実際に狩った獲物、病歴、寿命を正確に比較したデータではありません。外で別の家から食べ物をもらっていた可能性もあります。
寿命には食事以外も関わる
現代の猫の寿命が延びた背景には、栄養だけでなく、ワクチン、寄生虫予防、不妊去勢、室内飼育、救急医療、慢性病の診断と治療などがあります。昔と今を食事だけで単純比較できません。
それでも、毎日必要な栄養とカロリーを安定して与えられることは、現代の大きな利点です。狩りの成功や家庭の残り物に左右されず、子猫、成猫、高齢猫、持病のある猫へ別々の食事を選べます。
猫の不調は見逃されやすい
猫は不調を隠すため、栄養不足や腎臓病、心臓病が進んでも、外見上は元気に見えることがあります。昔は血液検査や画像検査を受ける機会も少なく、「問題なく暮らした」と思われた猫に病気がなかったとは限りません。
昔の食文化を知ることと、現代の猫へ再現することは分けて考えましょう。歴史は人と猫の関係を理解する手掛かりですが、今の食事は現在の栄養学とその猫の健康状態で選びます。
現代の食事に生かす考え方
昔の猫の食べ方から学べるのは、残り物を与える方法ではなく、猫が肉食動物であり、少量を複数回食べ、狩りに似た行動を必要とすることです。
猫用総合栄養食を選ぶ
主食には、猫用で、対象年齢に合う総合栄養食を選びます。子猫、成猫、妊娠・授乳期では必要な栄養密度が異なります。犬用総合栄養食は猫の栄養要求に合わせていないため、猫の主食にはできません。
一般食、副食、おやつは、総合栄養食の代わりではありません。魚缶の見た目が昔ながらで猫らしく見えても、用途表示が一般食なら主食の一部として限定的に使います。
愛猫に合ったキャットフードを選びましょう
キャットフードは、原材料や栄養バランス、食べやすさなど商品ごとに特徴が異なります。愛猫の年齢や体質、好みなども考えながら、いくつかの選択肢を比較してみましょう。
モグニャンはこんなキャットフードです
モグニャンは、香りや味わいにもこだわって作られたキャットフードです。食いつきを意識しながら、毎日の主食として与えられるフードを探している方に向いています。

狩りは食べ方で再現する
屋外で獲物を捕らせる代わりに、一日の総合栄養食の一部を知育フィーダーへ入れたり、室内の安全な場所に少量ずつ配置したりできます。探索し、前足を使い、少量ずつ食べる行動を引き出せます。
追加のおやつではなく、一日の給与量から取り分ければ肥満を防げます。ひもや壊れやすい部品のある器具は誤食に注意し、最初は見守ります。
遊びながら運動や刺激を取り入れましょう
おもちゃや知育玩具は、運動やコミュニケーション、退屈対策に役立ちます。体格に合うサイズや壊れにくさを確認し、安全に遊べるものを選びましょう。
食事量を見える化する
昔の放し飼い猫は、どこで何を食べたか分からないことがありました。現代の室内飼育では、グラム単位で給与量を測り、体重と体型の変化を追えます。
フードの表示量を出発点にし、活動量、避妊・去勢、年齢、体格に合わせて調整します。多頭飼いでは食事場所を分け、食べた量を個体ごとに確認します。
手作り食は専門家と設計する
昔の食事に近いからという理由で、魚、肉、米を自己流で組み合わせないでください。獲物全体の栄養を家庭の食材で再現するには、必須アミノ酸、脂肪酸、カルシウムとリン、ビタミン、微量ミネラルまで計算する必要があります。
手作り食を続けるなら、獣医栄養学の専門家が猫の年齢、体重、病気に合わせて作ったレシピを、食材重量と補助剤まで正確に守ります。市販の総合栄養食へ人の残り物を混ぜる方法は、手作り食の設計にはなりません。
昔の猫の食事のよくある質問
- 昔の日本の猫は魚だけを食べていましたか?
-
魚だけではありません。地域や家庭によって魚のあら、米飯、人の残り物を得る一方、ネズミ、鳥、昆虫などを自分で捕る猫もいました。食べ物は時代、土地、役割で異なり、すべての猫に共通する献立はありません。
- ねこまんまは猫に与えてもよいですか?
-
ご飯に味噌汁をかけた物や、かつお節だけをかけた物は、猫用の完全な食事ではありません。味噌汁は塩分が多く、玉ねぎや長ねぎが入れば中毒の危険があります。主食には猫用総合栄養食を選んでください。
- 狩ったネズミなら猫に完全な栄養がありますか?
-
獲物全体は多様な栄養を含みますが、狩りには寄生虫、感染症、毒餌による二次中毒、けが、交通事故、野生動物への影響があります。現代の飼い猫を栄養目的で狩りに出す必要はありません。
- 日本でキャットフードが広まったのはいつですか?
-
日本のペットフード産業は1960年代に工業的規模で始まり、1970年代にキャットフード市場が成長しました。ただし、販売開始と全家庭への定着は同時ではなく、残り物と併用した家庭も長くあったと考えられます。
- 昔ながらの手作り食の方が添加物がなく安全ですか?
-
添加物の有無だけで安全性や栄養充足は決まりません。自己流の肉や魚だけでは、タウリン、カルシウム、ビタミンなどが不足または過剰になることがあります。総合栄養食は完成品として必要な栄養を満たすよう設計されています。
まとめ
キャットフードが普及する前の猫は、人の生活圏でネズミや鳥、昆虫を捕り、家庭から魚のあら、米飯、汁物やおかずの残りをもらうなど、利用できる物を組み合わせて食べていました。日本でも、猫の役割、地域、時代、家庭の豊かさによって食生活は大きく異なります。
日本のペットフード産業は1960年代に形づくられ、1970年代にキャットフード市場が成長しました。栄養学の進歩によって、猫特有の要求に合わせた総合栄養食を安定して供給できるようになりました。
昔の猫が残り物で生きた事実は、その食事が理想的だったことを意味しません。塩分、ネギ類、骨、腐敗、栄養不足の危険があり、狩りにも感染症や事故があります。現在の飼い猫には、年齢と健康状態に合う猫用総合栄養食を基本にし、狩りの要素は安全な遊びや知育給餌で満たすことが、歴史を踏まえた現実的な食事管理です。

